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この街を語るには小説家 有島武郎を抜きにしては語れません



彼の人生には、このシャフハウゼンの街で奇跡とも呼ぶほどの運命的な出会いがありました。



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当時、有島武郎は28歳、弟とともにヨーロッパの周遊の旅に出かけ、


1906年11月11日イタリアのミラノからスイスのローザンヌに入り、

ベルン・ルツェルン観光のあと、チューリッヒ経由でシャフハウゼン


 



スイス滞在12泊の後半6泊シャフハウゼンの「Hotel Schwanen」という

ホテルに滞在したそうです。




Fronwagplatzにあった、当時のHotel Schwanen

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今はManorデパートになっていて、写真では右手前の建物

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有島武郎のこの世の最期のニュースは衝撃的でしたが、


亡くなる1年前までは、このホテルのオーナーの娘であった女性と

16年もの長い間、文通を続けで友情を深めたそうです

 


文章は英語。 




Manor建物の入口付近にはこのようにメモリアルの写真が

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赤い印のところです。

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ティルダ・ヘック(Tilda Heck)は、気品と教養ある有島武郎を敬愛し、

彼はティルダの飾り気のない美しさに心から惹かれたそうです




スイス最終日はチューリッヒ湖畔での散歩をし、別れ際には涙を流すほどの寂しい思いで

スイスを去ることになります。




当初は、妹みたいな感情であったと語っているが、ついに帰国後1年半経って、有島武郎自身、

彼女を愛していることに気が付き、愛の告白を。




もちろん、手紙で(抜粋)。


『・・・・・無意識のうちに嘘をついていたこと。


僕はただあなたが好きなのではありません。

ただ気に入っているわけでもないのです。

あなたを愛していたし、今も愛しているのです。


あなたは僕の生命の一部なのです。・・・・・』





彼が憂鬱になったり、淋しくなったりするときには、必ず、彼女が幻のように彼の前に現れ、

まるで赤ん坊が母親の胸に抱かれて慰められるようだったとも伝えられています。



彼女は、有島武郎にとって、天使というかソウルメイトだったのでしょうね。



有島武郎が大切に持っていた、ティルダ・ヘック(Tilda Heck)の写真





友情が終止符を打つかもしれない覚悟で愛の告白をしたということですが、

彼女はやはり天使でした



彼の気持ちを受け入れ、16年間、文通での交流を続けたそうです



有島武郎はその後、家庭や結婚問題、仕事上の悩み、国家・社会観などにおいても

すべて彼女への手紙で打ち明けたそうです。


ティルダ自身、出会った当時は、婚約中の彼女でしたが、

有島武郎の影響があったのかどうかは定かではないですが、一生涯、独身でいたそうです




彼女は有島武郎の死後、日本へやってきて、彼が住んでいた家にも訪問し、

残された子どもたちの一人を養子にしたいとまで話したそうですよ

 

 



海を越えたロマンチックな出会いは、ここシャフハウゼンの街で始まりました

 



理想の愛を灯したこの街は本当に心温まる印象でしたね。 





次回は、さらに詳しく街並みの様子をお伝えします。


つづく思わず立ち止まって見てしまう、ユニークなコレクション!☆シャフハウゼン②☆




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